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2015年11月

2015年11月30日 (月)

ネパールの治安情勢について。今日もバンダ(ゼネラルストライキ)でした。

今日は朝焼けが夕焼けの様に真っ赤でとても美しかったです。

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インドによる国境封鎖に抗議して、今日はバンダ(ゼネラルストライキ)が行われました。
幸い(?)バスも通常より少なかったですがゼロではなく、車もバイクも走っており、そこまできついストライキではありませんでした。よってオフィスなどは通常通り開いているところが多かったのではないでしょうか。

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前日バス停の前を通りがかると、「29日はネパールバンダしよう!」と書いた紙がたくさん貼ってありました。

この様な情報は、在留届を提出すると、在ネパール日本大使館から送られてきます。
在ネパール日本大使館「お知らせ」でも確認できます。
とても助かっています。

最新の情報は以下の通りです。
(上記ホームページより)

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大使館からのお知らせ(15-91)

                   11月27日

ネパールの治安情勢等

1 治安情勢
(1)     ティハール及びチャトの祭り終了後、タライ地域での抗議活動が再び活発化し
ています。11月22日には東部地域サプタリ郡で抗議活動者の中から死者が3名出ているほか、抗議活動者及び治安当局者の間で多数の負傷者が出ています。
(2)     抗議活動の手法については、ラクソウル(インド)―ビルガンジ(ネパール)
地点での座込みに加え、東西マヘンドラ・ハイウェイの通行を妨害するというものもみられます。
(3)     23日には、タライ地域での抗議活動を主導する統一民主マデシ戦線の幹部の
1人が「抗議活動は、最早、我々でも管理することができない状況となった。」旨、発言しています。11月20日付お知らせ(15-88)でお伝えしたとおり、統一民主マデシ戦線は、現在、継続中の抗議活動遂行に当たり、東部ビラトナガルの国境における医薬品等の搬送については妨害しない旨、表明しました。しかし実際は、その後も医薬品輸送中の車両や病人を搬送中の救急車が抗議活動グループによって攻撃される事案が引き続き発生し、一部では死者も発生しています。
(4)     このような状況を踏まえ、インド国境を含むタライ地域への不用不急の渡航は
控えることをお勧めします。

2 燃料の供給
(1)お知らせ(15-88)でお伝えして以降、大きな改善は見られません。報道によれば、ネパール商業供給相は「ガソリン及び調理用ガス(LPガス)が不足中(ガソリンは緊急用備蓄のみ。調理用ガスは国内需要の1割程度のみ)。また、ネパール国内の食料備蓄品は十分にあるが、食用油及び豆類の価格が高騰中である。」と発言しています。
(2)当館では、同月18日、在留邦人を含むネパールの全住民は燃料及び物資の不足で困難に直面しており、また、震災復興の活動にも障害が発生していることを踏まえ、この状況が平和的に解決されることを望む旨のステートメント(http://www.np.emb-japan.go.jp/ann/181115.html)を表明しました。

 

3 航空便(国際線)の状況
当地の燃料不足を受けて、ドラゴン航空便の発着時刻が高い頻度で変更されています。これは、カトマンズ発香港行きの航空便の約半数が、香港到着前に給油をしているところ、最近の給油場所がダッカからバンコクに変更したことによるものです。バンコクで給油をした場合、香港着午前5時30分の予定が、午前8時20分頃(約3時間遅れ)に変更されることがあり、これまで乗り継いでいた午前8時40分香港発日本行き便に乗り継げない事例が増えています。航空会社側は、このように乗り継ぎができない場合には、自動的に後発便を予約をしていますが、旅行会社にはこの旨の連絡が入っていないことが多いようです。

4 航空便(国内線)の状況
  基本的に通常運行です。

(国際線及び国内線の状況は、中止・変更の可能性がありますので、御利用の各航空会社から最新の情報を入手して行動するよう心がけて下さい。)

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相変わらず状況は厳しく、オフィスのガスはとっくの昔になくなり、電熱コンロを使ってみたり、アウトドア用のオイル式のボンベを使ってみたり、そして今日はついにどうしようもなくなり、かまどを作っていました。最近は首都の家でもこうやって薪でごはんを作っていたりします。

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ガスがなくなるにつれてオフィスではお昼の軽食もだんだん作れなくなって、最近はフルーツだけだったり、ビスケットとミルクティーだけだったり、ついに今日は何もなしでした・・・。つらい。ネパールで軽食といえば!のインスタントヌードルも今はどこも売り切れでほとんど手に入りません。

まぁ10時出勤なので日本より朝ごはんは遅いのですが、それでもおなかぺっこぺこでした。・・・つらい。笑

オフィスによっては自分で勝手に食べに行ったりしてるみたいですが、うちはみんな同じものを食べるという感じなので勝手に出て行くわけにも行かず・・・。

明日からはオフィスで受講者を呼んでトレーニングが行われるそうなので、しっかり軽食が出るはず。よかった。笑

2015年11月29日 (日)

日本からお客様が!サクーを視察、地元の皆さんと交流

先日、日本からお客様が!

教育機関の方が研修でネパールにいらっしゃいました。

そしてサクーにも来ていただけることになったので、
地震の被害はどれほどだったのか、今はどのような暮らしをしているのか、
などなど見ていただき、意見交換会も行いました。

この日はちょうど赤十字が震災被害者のために
7000ルピーのお金を各家庭に手渡していました。

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まだまだこんな様子です。
みなさんびっくりされていました。

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なんと、今回通訳で来られていたネパール人の方は、震災3日後に日本の救助隊の通訳としてこの現場に入っていたのだそう。逆に当時のことを色々教えてもらいました。

ここは古い木で作った家が多く、崩壊後はその木から出てきた虫のせいで、救助に入った人たちはみんな刺されてずっとかゆかった。本当に大変だった。

今でこそ一応通り道ができていますが、本当に道がなくどこもがれきだらけで歩くのが大変だった。

海外からの救援隊に負けず、ネパールの警察・軍隊は本当に頑張っていたそうで、海外の救援隊は休んでいる時も、ひたすら、時には夜を徹してずっと救援活動を続けていた。発生直後はマスクも、手袋も、食べ物も水も(ペットボトルのキャップ1杯ずつみんなで分けて飲む位)何もなかったが、それでも休まずひたすら誰よりも働いていた。海外からのネパール軍隊・警察への評価が格段にあがった。

当時本当にみんな素晴らしい活動をされたということはあちこちで聞いています。
中には地元が被災し、家族がどうなったかもわからない人も当然たくさんいましたが、それでも目の前の人を助けることに専念して活動したのは本当にすごいことだと思います。改めて敬意を表したいと思います。

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こちらの女性は井戸から水を汲んでいました。
サクーではあちこちで未だに井戸が活躍しています。
女性の軽やかな水汲みに驚きでした。

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トタンのおうち。
小さなおばあさんが一人で住んでいました。

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ラプシーという小さな実をほぐしてぐちゃぐちゃにして乾かしているもの・・・。
100個以上は入っているでしょう。

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ちょうどこの日も行われていた野菜栽培のトレーニングにもちょこっとお邪魔しました。

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そしてメインの意見交換会。
たくさんの地元の方が集まってくれました。

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とても印象的だったのは、「ネパール人女性の強さや明るさはいったいどこからくるのか?」という質問に対しての答え。

「地震に遭っても、家族が無事だったから今は笑っていられる。家は壊れ、ガスもなくて大変だけど辛さは忘れて暮らしている。」

「Sさん(配属先のサクー担当スタッフ)のおかげで外に出られるようになった。それまでは家と畑の往復だけだった。トレーニングを受けたり、グループの集まりをしたりして、みんなの前でも話せるようになったし、自分で収入を確保して生きれることが分かり、それがとても自信になった。そうでなければこうやって家を空けてこの場に出てくることもできなかった。」

今は少しづつ変わりつつもありますが、ネパール人女性は本当に村に行けば行くほど虐げられていて、結婚したら家にいるのが当たり前。お金は旦那が稼いでくるので食品を買うにも子供たちの文房具を買うにも、まず旦那にお金を請わなければいけない。という状態です。そこで配属先は女性の社会的地位の向上、を目的にグループを作り、トレーニングを行っているのですが、まさにその目的通りの発言が出てきて、Sさんはとてもうれしそうでした。

本当にいい仕事ですね。
私は2年間商工会に配属されていたのでこんな世界は知りませんでした。
たった3カ月の任期ですが、配属先も接する人たちも活動内容も全く新しいものばかりで、とてもいい経験をさせてもらっています。改めて感謝です。


最後は場所を移して私の配属先で活動のプレゼンテーション。

同期のスダールサンさん。

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通訳さんに同時通訳してもらったので、事務所長をはじめ、
たくさんのオフィススタッフが聞きに来てくれました。

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そしてオフィスと研修者の皆さんの間で活発な意見交換が行われました。
私には日本語で言われても難しいくらいの内容にまでヒートアップしました。
勤務時間を1時間過ぎてもみんな帰らずに残ってしっかり聞いてくれてたのには驚きでした。(普段は終了時間の15分くらい前からみんな帰りだして、勤務時間終了後すぐにカギがかかっちゃう勢い)私の活動もたくさんのスタッフに伝えることができて、本当にいい機会となりました。

わざわざ日本からいらしたみなさん、本当にありがとうございました。

今回見たこと、聞いたことをぜひ日本の子供たちにしっかりと伝えていただき、多様な考えができる子供たちを育ててほしいものです。

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2015年11月23日 (月)

心理社会的ケアについて

続きまして、心理社会的ケアの話。

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「震災復興支援」のボランティアとして派遣された私たちは、着任前に心理社会的ケアについて事前研修を受けていました。
宮城にある、特定非営利法人「地球のステージ」さんにご教授いただきました。

この心理社会的ケアでは「表現すること」をとても大事にしています。
トラウマやPTSDにならないために、過去の悲しみに向き合って自分の気持ちをしっかり表現し、受け止めて前に進めるように心の整理をすること。表現する場を作り、うまくファシリテートして言葉を引き出し、心を整理するお手伝いをするのが重要とされています。

数日通って参加者ともある程度打ち解けたところで、私は楽曲作りをやってみました。
(本当はもっと色々な段階を経て徐々に難度をあげていかなければいけないところですが)
ネパール人はお祭りの時によく即興で歌を作って踊ったりするので元来そういうことが得意だろうと、この楽曲作りを選びました。

「心理社会」という言葉もネパール語にあり、震災後はネパール人ソーシャルワーカーの間でもこれが重要だ、と認識されトレーニングも行われてきているそうです。

ちょっと話はそれますが、ある日は学生のネパール人ボランティアにこの部分の説明をお願いしました。彼女は役割を得てすごくうれしかったようで、前日に渡した資料を読み込んで自分なりに紙も用意して説明してくれました。

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こういう機会は初めてだったがやってみてとても自信がついた。
いい経験ができたと本当にうれしそうでした。

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このトレーニングでもそうですが、役割を与えられることで存在意義ができ、経験を経て自信にもつながるんだなー、と実感しました。

そしてまたある日は短期ボランティア同期の”スダールサンさん”にも特別ゲストでお話をしていただきました!ありがとうございました。

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そしてトラウマとかPTSDの説明。そうならないように今日は
楽曲作りで自分の感情をみんなで表現してみましょう!

ということでキーワードの書き出し。
グループを作り色んな項目に応えてもらってそこから歌詞をつむぎだそう、というものです。

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そしてそれぞれどんなことを書いたのかな?共有。

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「あの日を思い出して一番つらかったことは?」

近所の方が亡くなったこと。朝会った人が昼にはもういなくなってしまったこと。そして、自分が生き残って若い人がたくさん亡くなったこと。これからの夢もたくさんあっただろうに・・・。

「あの日のことで一番覚えていることは?」

地震が起きた時の音、粉塵が舞い上がって人も建物も何も見えなくなった状況。

「一番伝えたいことは?」

自分の安全は自分で確保しないといけないということ。

「一番願っていることは?」

ネパール人みんな安全でいられますように。

二度とこんなことが起きませんように。



などなどいろんな意見をくれました。


そしてみんなで歌詞作成。

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できた歌詞と共に。

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サンカラプール女性開発委員会

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ビムセン女性開発委員会

踊りだす人も・・・。

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タレジュー女性開発委員会

楽曲作りはこれまで4か所で行いました。そのうちの一つ、
タレジューで作ったのを和訳するとこんな感じです。


地震のうた

地震が来た、どこへ行こう、どこに住もう、みじめになった、この人生

もう2度とこんなみじめなことになりませんように、この人生

住むところ、食べるもの、どうなるかわからない、この人生

もう2度とこんなみじめなことになりませんように、この人生

もう私たちは安全でいれる、幸せになれる、この人生

自然の驚異は神様でもどうしようもできない

起こるんだねこんなことが、80年に一度は

前進する私たちの足跡、もう止まらない、安全な家と丈夫な心を作ろう

もう2度と地震なんて来ないで、でも来ても私たちにはもう準備ができている×2


とてもいい歌を作ってくれました。
ここのグループはキーワードの書き出しから、何人かは泣きながら取り組んでくれました。
あの日のことを思い出したのでしょう・・・。
歌う時もたくさんの人が泣いてしまいました。
ちょっと刺激が強すぎたかな、と思いましたが
一緒に行ったオフィスのスタッフからは「とてもよかった。泣くことでつらかったことも一緒に流れていく、泣くことは悪いことじゃない。ぜひ他のグループでもやってほしい。」と言ってもらえました。

宮城の先生からもとてもよかったと言ってもらえてちょっと安心しました。

後日参加者に聞いてみると、みんなで一緒に話をして、歌を作って、歌って、とても気が楽になった、いいワークショップだった、少し前向きになれた、と言ってもらえました。

任期はあっという間に残すところ約3週間となってしまいました。
最後までできる限りフィールドに出かけ、色々なことを伝え、得てきたいと思います。

 

 

2015年11月19日 (木)

防災・減災教育活動その2

続きです。今日はちゃんと続きを書きます。笑
その1がまだの方はその1からどうぞ。

話をしている様子。
いろんな会場があります。

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家の安全確認チェックリストも作ってみました。
ちゃんと家の中が安全かどうか確認してきてねー、と宿題です。

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基本的なことばかりでしたが、やってみてこういうところに気を付けなければいけないのか、と分かったのでよかった、という声をたくさんいただきました。

あとは非常用持ち出し袋の話なんかもしています。
ホイッスルも常に身に付けておくといいよ、というと、
確かに!この前はみんな叫んでみたいだけど全然聞こえなかった。ケータイもつながらなくて、中に閉じ込められても無事だった人もたくさんいたけどそれが伝えられなくて大変だった、と話してくれました。
ここに居る、私は無事だ、と中からSMSをしたものの、それが届いたのは数日後で結局その娘は助からなかった、なんて悲しい話も聞きました。

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受講者は大半が家をなくし、トタンの仮設に住んでる人でした。
  チェックリストには、「柱は痛んだり曲がったりしてないか、窓にはラミネーションがしてあるか」、などの項目もあったんですが、「もう全部壊れてなくなっちゃったよー!ははは!」なんて笑って言ってくれました。そのあたりの項目は抜こうか迷いましたが、今後新しい家を作る時の参考にもしてほしくて、あえてそのままにしました。
  とてもつらいことでも、そうやって笑って言ってくれました。みんなご近所さんや身近な人を亡くしていますが、ちゃんと前を向いて、悲しみを乗り越えて頑張っているんだな、と感じました。ネパール人は強いです。

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  ある委員会のリーダーの息子(同じ年くらい)も、地震直後はあちこちの人を救助したと教えてくれました。亡くなった人をがれきの中から出してあげるのもすごく大変で、最後の人は8日後にやっと出せたのだとか。臭いがひどくて大変だったとか。。。

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みんな、頑張っています。

さて、ネパール人のトレーニングにカジャ(軽食)はつきもの。
会場にもよりますが、だいたいがみんなで分担して作ってきたものでした。

この40人グループのお皿はなんと新聞紙。斬新!笑
もちろん、おててでいただきます。

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他のところはこんなんだったり。

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紅茶とビスケットだけ、というところもあります。

ある会場の最後の日。
みんな委員会でそろえて作ったお揃いの衣装を着ていました。

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ビムセン女性開発委員会

そう言えばこの日の行きのバスではラジオの中継をやってました。ぎゅうぎゅうの車内で。笑 このガソリン不足からのバス不足で生活はどう変わったかとか、そんなインタビューを色んな人に。

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最近はケータイでも通信できちゃうんですね。
ケータイをマイク代わりに使って放送してました。

これはやばいと思ってドキドキしてると、案の定つかまりました。笑
しかも最初はネパール人と思って話しかけられ、ネパール語完璧じゃないからやだ!と言っても外国人がネパール語話すなんてもっとおもしろいからお願い!とか言われ、みんなより長くいろんなことをインタビューされました。。。まぁリスナーのみなさんも、外国人と思ってこのつたないネパール語を笑って聞いてくれたでしょう。

次回は心理社会的ケアについてのお話。

防災・減災教育活動その1

最近、また感じるほどの地震が起きています。
特に被害はありませんが、また大きいのが来るのでは?とみんなそわそわしています。

さて、今している活動は大きく2つ。
防災・減災教育と心理社会的ケア。

ちょうどうちのオフィスで被災者向けにトレーニングを行っています。
野菜栽培と家畜のいずれか、3日~7日を各地域の女性開発委員会から20名ずつ。
サクーにも5つの委員会があり、今回は3つの委員会に向けて、そしてその周辺地域でも集中的にトレーニングが行われました。
少しづつかぶせて行われたので、結局10日程サクーへ通いました。

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技術向上トレーニング5日間
(野菜栽培)

これは女性開発の講義も含まれます。
ネパールはまだまだ識字率が低く、文字が書けない人もたくさん参加されていました。毎日出席のサインもするのですが、自分の名前だけでも書けるように、という練習も兼ねています。

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トレーニング中は書記、リーダー、先生にお礼を言う係り、1日の感想を言う係りなど毎日色々な役割を分担して行われます。それも人前で話せるように、自分に自信を持てるように、という練習です。

また、何を習いたいか、とトレーニング初日にはしっかりみんなで書き出して、目的を明らかにしていました。このトレーニング、結構しっかり構成されています。

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技術指導の先生のお話。

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ちなみに、各委員会ではどこも毎月決まった日に集まり、100ルピーとか少額づつ貯金し、誰か借りたい人がいればそこから低利子で借りれるというマイクロクレジットを行っています。ある程度まとまったお金を借りて開業のための物資を揃えたり、お店のための物資を購入したりと女性の社会進出に役立てよう、というものです。

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私はこの3日~7日間のトレーニングの中で少しづつ時間をもらって、地震に関する話をしてきました。

まずは地震発生の仕組み。
プレートの話です。
日本では常識ですが、知ってる人はほとんどいませんでした。

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ネパールの下には2つのプレートが重なり合ってますが、日本の下には4つもプレートがあって、だからこんなに地震がしょっちゅうおきてるんですよー、というと、みんなとても納得の様子。(日本は地震大国、というのはネパールでも有名)

阪神淡路大震災の再現CGも見せてみると、ネパールよりひどいじゃないか、とみんなびっくりしてました。(怖くて見れない人もいるかな?と思いましたがみんな全然怖くないから見せて!と言ってくれました。)

また、家具の配置も重要です。
きちんと金具で留めて設置することとか、何をどこにおくか?という話を分かりやすくまとめたムービーもあったので、それも見てもらいました。

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ここはまさかの2委員会分の40人グループ・・・。
小さなパソコンと小さなタブレットでなんとか頑張りました。

ネットの調子がよくないので一旦切ります。
次に続く・・・。

2015年11月15日 (日)

パリで起きた悲しいこと。でもそれはパリだけじゃない。

パリでとっても悲しいことが起きました。
ネパールでも新聞のトップになっています。

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全世界で今パリが注目を浴びていますが、前日にはレバノン、ベイルートでも200人が死傷する連続自爆攻撃が行われました。こちらは全然ニュースになっていませんね・・・。
命の重さは同じはずなのに。悲劇はパリだけで起きてるんじゃない。

シリア出身UAE在住のアナウンサーのツイートではこんなことが。
「敬愛するパリよ、貴女が目にした犯罪を悲しく思います。でもこのようなことは、私たちのアラブ諸国では毎日起こっていることなのです。全世界が貴女の味方になってくれるのを、ただ羨ましく思います。」
http://twinavi.jp/topics/tidbits/56474bff-e464-479e-a20e-07635546ec81

今も世界には内戦やテロ、空爆におびえて暮らす人がたくさんいる。
何百万人もの人が難民になり、受け入れ先もなく行き場を失って途方に暮れている。
やられたらやり返す、では負の連鎖はいつまでたっても解消されない。
どうしたら平和な世界になるのか?自分だけの利益を考えていちゃいけない。
もっとたくさんの人が世界で起きていることに目を向ける必要がある。
メディア関係者は公正に報道して伝える義務がある。

テロに関しては日本だって他人事じゃない。
いつどこで起きたっておかしくない。
大切な人たちを守るために。これ以上悲しみを増やさないために。
私たちにできることは何やろう?

Pray for the world.
全世界の人たちへ祈りを。

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写真は先日立ち会ったヤギの出産。
お母さんは生まれたての2頭を一生懸命なめてあげていました。
新しい命の誕生の瞬間。仔ヤギたちは生まれ落ちて間もなく自らの足で立とうとし、お乳を探し求めていました。生命力に満ち溢れた力強い、感動的な瞬間でした。

2015年11月 8日 (日)

甚大な被害を受けたまち、サクー

いまだに半鎖国的な状況は続いており、ガス・ガソリン不足は深刻です。
先日やっと中国から支援されたガソリンが少し届いたようで、ここ数日ガソリンスタンドにはこれまで以上にたくさんの人が詰めかけ、道路は大渋滞。それでも一人数リットルしか手に入らず、全員にも行き渡りません・・・。これ、どう思いますか?

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語弊を恐れずにいうと、震災では一部の人だけが被害を受けましたが、今回は国民全員が本当に大変な思いをしています。

ガス不足から、こんな町中の店も外にかまどを作って薪で調理しています。
炊飯器・電気コンロを使う家庭も増えてきています。
みんなお湯も電気ポットで沸かしたりと工夫していますが、停電の時はもちろん役に立ちません。(今も毎日数時間計画停電しています)

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バスに乗っていて、ふと上を見上げると、そこには人の足。
屋根に人の載っていないバスの方が珍しくなりました。

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この状況はまだまだ良くなる見通しは立っていません。
いつまでこんな状態が続くのか、不安な日々を過ごしています。


さて、ここ10日ほど、サクーというまちへ通っています。
市内からバスで1時間半~2時間のところにあるネワール民族の住む街です。
ここは甚大な被害を受けたまちで、私が見てきた中でも一番ひどいところです。

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まちの四方にはこの様な門があり、この中に住む人はほぼ全員がネワール人と言われています。この4つの門は、結婚するときにお嫁さんが入ってくる門、亡くなった方が運び出される門、などそれぞれ違った役割を持っています。

街の様子。

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第一印象はすっからかん、です。
だいぶきれいに片づけられていますが、ほとんどが崩れ去って街はすかすかです。

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他の地域はほんの一部だけ、何軒かに一軒、とかだったりするのですが、
ここはもうほんとにほとんど崩れてしまっています。

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たくさんの人が亡くなられました。

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トタンの家ではなく、テントに住む人もたくさんいます。
ある日出会った、コスメグッズを売るお店の女の子もテント暮らしでした。
「今朝の大雨でテントの中の荷物が全部濡れちゃった。お店の家賃も払わないといけないけど、地震以来さっぱり売れていない。どうすればいいのか・・・。」
と話していました。想像できますか?その暮らしが。

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道を歩いていて、がれきの山の多さに驚きます。

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たくさんの家が立ち並んでいたのでしょう・・・。

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屋根がずるっとずり落ちています。

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稲刈りを終えた家では稲が天日干しされていました。
つっかえ棒で支えた家の下で。

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村のあちこちでこんな様子が見られます。

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脱穀したてのものからゴミを取り除いている様子。

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さて、こんな被害の大きかったサクーで、わたしが何をしてきたか?
次回に続きます。

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まちのはずれではあちこちに桜が咲いていました。

2015年11月 1日 (日)

初のダクシンカリとコカナのお散歩

あれ?
前回更新から半月が経ってしまいました・・・。
光陰矢の如しです。笑

そして、なんと任期も約半分となってしまいました。
無駄にならないようにがんばらなきゃ。

先日、5年前の緑のふるさと協力隊時代の同期がネパールに遊びに来てくれていました!
やっぱり、友達が来てくれるって言うのはいいですね。
改めてネパールはいいところだな、と思いました(^^)

さて、初のダクシンカリに行ってきました!

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ガソリン不足によるバスの激減から、本来禁止されているバスの屋根乗車。
今ではすっかり当たり前の光景になっています。

たどり着いたのは棚田の美しいDakshinkali

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稲刈りシーズン到来です!

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刈ったら即このように脱穀。

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とうもろこしはお片付け真っ最中です!
さて、どこに人がいるでしょう?
たぶん6人以上。見つけられるかな?笑

行きに撮った写真です。

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翌日通るとすっかり片付いてました!
これぞ劇的ビフォーアフター!笑

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めっちゃステキなところを発見しました。
ネパール初の水力発電所のもととなるため池。
山の上を切り崩して池を作った模様。

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ここ、Music Videoの撮影にもよく使われているようで、この日も撮影をしていました。

ということで、3人でひゃっほーい!

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絶景ポイントです。

あとはこんな道をコカナまでずーっと歩きました。
豚小屋があったり、稲刈り家族がいたり、レンガ工場があったり
ゆったりした時間が流れていて、とてものんびりいやされました。

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最後はヨマリちゃんをいただきました♪

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日本から来てくれた友人に感謝!

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