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カウントダウン

気持ち

2015年12月22日 (火)

帰国して感じたこと。

先日無事ネパールから帰国しました。
ネパールを発つ時、ヒマラヤ山脈がとっても美しかったです。

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本当に絶景でした。
今回はカトマンズ配属ということで、ヒマラヤは全く見えず、
ポカラに行った時も運悪くいまいちだったので、めっちゃうれしかった!!

地球は素晴らしい。神秘ですね。

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夕陽に変わる空もきれいでした。

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みなさん、ネパールを昼発たれる方はぜひ左の窓側を!
ネパールに昼到着される方は右の窓側をお勧めします。

タイからの帰りは夏、日本の朝焼けがとーってもきれいだったんですが、
今回はまだ夜明け前で残念でした。タイからの帰りは右の窓際がおすすめ。



まず、帰国して、寒さにびっくりしました。
そういえば、日本の冬は2年ぶり。
これでも今年はあったかいそうですね。風がとても冷たい・・・。

そしてやっぱり日本はきれい。
田舎もすっきりしてきれい。畑も田んぼもごちゃごちゃしてない。

どこにもなんでもあってめっちゃ便利。

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トイレの手洗い場で温かいお湯が出てきて感動した。
シャワーなんか湯量たっぷり、あっつあつのお湯が出てきて感動した。
銭湯に行ったら、いろんな種類の温泉があってテーマパークほど興奮した。
どこも全然ごみなんか落ちてないし、機能性に優れてて接客もすばらしい。

でもごちゃごちゃしてても人間味あふれるネパールがちょっと恋しい。

日本にいたら、店員さんといきなりプライベートな話をして仲良くなる、なんてありえへんもんなー。働く時は当然「店員」ていう顔を作っちゃうから。仕事としてしか関わらんし。
ネパールでは個人対個人で接するから、商店でもお茶しててもおみやげ買いに行ってもどこに住んでるん?とか結婚してるん?名前は?とか、今度ご飯食べにおいでねーとかなるけど、日本じゃ考えられん・・・。まぁそうやって無駄を省いて頑張ってきて今の日本があるんやろうけど。(日本でも田舎は例外かな)

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やっぱり田舎はいい。

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田舎の電車。
こんなにがらがらな電車も珍しい・・・。

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こんなきれいで整った日本も、かまどで火起こしてごはん作るネパールも
ちょっと離れただけのおんなじ世界にあって、
おんなじ様に時間が進んでるのがちょっと不思議な感じ。

なーんて帰国して感じました。


今後数回に分けてお伝えしきれなかったネパールのこと、伝えていけたらと思います。
もうしばらくお付き合いください(^^)







2015年11月15日 (日)

パリで起きた悲しいこと。でもそれはパリだけじゃない。

パリでとっても悲しいことが起きました。
ネパールでも新聞のトップになっています。

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全世界で今パリが注目を浴びていますが、前日にはレバノン、ベイルートでも200人が死傷する連続自爆攻撃が行われました。こちらは全然ニュースになっていませんね・・・。
命の重さは同じはずなのに。悲劇はパリだけで起きてるんじゃない。

シリア出身UAE在住のアナウンサーのツイートではこんなことが。
「敬愛するパリよ、貴女が目にした犯罪を悲しく思います。でもこのようなことは、私たちのアラブ諸国では毎日起こっていることなのです。全世界が貴女の味方になってくれるのを、ただ羨ましく思います。」
http://twinavi.jp/topics/tidbits/56474bff-e464-479e-a20e-07635546ec81

今も世界には内戦やテロ、空爆におびえて暮らす人がたくさんいる。
何百万人もの人が難民になり、受け入れ先もなく行き場を失って途方に暮れている。
やられたらやり返す、では負の連鎖はいつまでたっても解消されない。
どうしたら平和な世界になるのか?自分だけの利益を考えていちゃいけない。
もっとたくさんの人が世界で起きていることに目を向ける必要がある。
メディア関係者は公正に報道して伝える義務がある。

テロに関しては日本だって他人事じゃない。
いつどこで起きたっておかしくない。
大切な人たちを守るために。これ以上悲しみを増やさないために。
私たちにできることは何やろう?

Pray for the world.
全世界の人たちへ祈りを。

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写真は先日立ち会ったヤギの出産。
お母さんは生まれたての2頭を一生懸命なめてあげていました。
新しい命の誕生の瞬間。仔ヤギたちは生まれ落ちて間もなく自らの足で立とうとし、お乳を探し求めていました。生命力に満ち溢れた力強い、感動的な瞬間でした。

2015年7月 9日 (木)

2年ぶり、日本に帰ってきました

7月3日、日本に帰国しJICAからの帰国後研修を受け、
昨日やっと無事大阪に戻ってきました。

ここでやっと2年間の活動がすべて終了しました。

日本に帰ってきて逆カルチャーショックというか、やはり日本は色んな意味ですごい国だと思いました。

感じたことをちょっと羅列すると
・お札がきれい!
・小銭の心配をしなくていい。気兼ねなく小銭を使っちゃえる!(ネパールでは大きいお金は小さな店ではほとんど使えなかったので大きい店ではできるだけ大きいお札で払って小銭を確保しなきゃいけなかった)
・涼しい!そして思ったほどじめじめしていなかった。でも一日中晴れることなくしとしと雨、、、
・空気がきれい。車いっぱい走ってるけどマスクしなくて全然平気!
・人が本当に多いし、みんなめっちゃ急いでいる
・まわりの言ってる言葉が全部分かっちゃうし自分の話していることも周りに全部ばれちゃう
・電車でみんなケータイをいじってる。誰も会話してない。他人は本当に他人。あんなにぎゅーっと押し込められて密着した空間にいるのに誰も一言も話さない。思わず笑っちゃった。笑
・バス・電車が時間通り。
・ペットボトルが小さい!(ネパールは1Lが標準だったので物足りない)
・停電の心配をしなくていい。つい電気あるかな?と考えちゃう。
・みんな服装がおしゃれでとてもきれいな格好をしている。着れる服がない・・・
・携帯の使い方が変わった?電話番号でなくインターネット経由の無料電話を使ったりメールでなくLineやfacebookを使う。など。
・トイレに行けば音も出るし自動で流れるし手出せばお水も出るし風も出るしすべて自動!すごい。
・トイレには赤ちゃんを乗せるシートもあるし赤ちゃんがドアのロックを空けちゃわないように上にもロックがあったり、気遣いがすごい。
・ハエ、ありがいない。ごきぶりがいない。(→ホテルで寝る時にカバンの中に入らないようにチャック全部閉める必要がなくなった!蚊帳なくても安心して寝れる・・・)
・24時間いつでも温かいお湯、水量のすばらしいシャワーが浴びられる!

などなど。

あとはやっぱり日本食おいしい!
お刺身、納豆、魚、うどん、サラダ、とうもろこし、おかしがおいしい!
いろいろ食べたいのがありますが、あせらずゆっくり楽しみます。笑

2年ぶりの日本も楽しいですがでもやっぱりネパールが恋しい。
ネパールは本当に暮らしやすい国でした。人も良く、物価も安く、融通もきかせやすく、山も美しく。あーみんなに会いたい。
しかしいつまでもそんなことは言ってられません。帰国した協力隊はよく途上国シックにかかると言われるそうですが、それは一旦置いといてしっかり今度のことを考えていきたいと思います。人生設計作らなきゃ。頑張ります。

群馬には8月に遊びに行ければと思っています。
よろしくお願いします。

2015年4月27日 (月)

ネパール大地震について

インターネットが使えない状況にあったため、連絡が遅くなりましたが私は無事です。たった今家に帰ってきました。ご心配おかけしました。

ネパールのJICA関係者、任地のネパール人など私の周りの方々もみんな無事が確認できています。

今現在で3400人以上の尊い命が失われ、世界遺産もほとんどなくなってしまいました。本当に悲しいことが起きてしまいました。
余震もまだ続いており、予断を許さない状況です。まわりのネパール人はみんな昨夜は外に出て固まって不安な夜を過ごしていました。

亡くなられた方々のご冥福を祈ると共に、もうこれ以上被害が大きくならないことを心から祈るばかりです。

とりあえずご報告まで。
ご心配いただきありがとうございました。

2015年4月11日 (土)

何かが起こりそうな夜

昨日はお月様がこれ以上ないほどオレンジで、とても美しかった。
何かが起きそうな・・・そんな神秘的な夜でした。

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どあっぷ!
一眼レフカメラでズームしたところをデジカメで撮影。

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お月様って本当に美しい。


最近、深夜になると「ホホホホ」とリズムよく、
そしてミステリアスに鳴いている鳥がいる。

最近聞こえてきたから渡り鳥?それとも気づかなかっただけ?
夜は静かやから気づきやすいだけで、日中も鳴いてるんかな?
それにしても何の鳥やろう。気になる。

でもやっぱり日中も最近やたら鳥が鳴いてる気がする。
ギャーギャーとかそんなんじゃなく、芸術的に歌いくるってる。
なんやろう。


最近月とかの写真ばっかりな気が。

昨日のオフィスで出たお昼ご飯でも載せときます。
チョウミン(焼きそばぽいもの)

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そして、なんと帰国のチケットが届きました・・・。
7月2日昼出発、3日の早朝到着の飛行機で帰ります。
あぁ。早い。

もうあっという間に2年の協力隊活動も終わる。

これからどうしよう。人生どう生きよう?
とても悩みます。人生設計たてなきゃ。
時間がない。決断が迫られている。

2015年4月 2日 (木)

たった一言の挨拶で

こんばんは。

もうそろそろ雨季が始まるのでしょうか?
ネパールでは数回大雨が降り、山もだんだん見える日が少なくなってきました。ちょっと寂しい今日この頃です。


このあいだどこかのコラムでこんなことを言っていました。
もし日本で外国人観光客に出会ったら、ハローと言うのはやめましょう。
なぜか?それは、相手の母語が英語圏の方とは限らないからです。外国の方イコールみんなが英語を話すわけではありません。世界にはたくさんの言語があるのです。もちろん公用語として広く話されているのは英語に違いありませんが、それでも英語を話せない方もたくさんいますし、みんなそれぞれ母語があります。そして歴史的に英語に対していい感情を持ってない人もいますよね。だからもし外国人観光客に出会ったら、日本文化を尊重し「こんにちは」と言いましょう。
とこんな様なことを言っていました。


これには本当に納得です。
日本に住んでいる方々にはあまりよく分からない話かと思いますが、私はここネパールで、このことを身をもって実感しています。

観光客の多いタメルやポカラを歩いていると本当にストレスが溜まるんです。
みやげ物やが立ち並ぶこの辺りでは、商売人が少しでも商売を繁盛させようと通る人みんなに声をかけまくっています。

そこまではまだ許せますが、100人中95人は私が通るなり、「ニーハオ」と声をかけてきます。私は中国が嫌いなわけではありません。しかし日本人ですのでやはり日本人の誇りがあるので日本人として見られたいのです。

中国人観光客は圧倒的に多いし、アジア人はみんな一緒に見えるのだろうけど、やはり私たちは全く違います。だから仲良くなったネパール人にはなんでもかんでも「ニーハオ」って言っちゃだめだよ。と教えているのですが、ちょっと数が多すぎますね。

「ナマステ」って言ってくれた方がどんなにうれしいか、と思います。
だから私も活動地で出会う外国の方には「ナマステ」と言うようにしています。注意して聞いていると、心なしか海外のみなさんもあまりハローとは言っていない気がします。

たった一言の挨拶でこんなにも印象が変わってしまうんですね。
勉強になりました。

みなさんももしそんな機会があれば、ちょっと考えてみてください。

2015年2月 6日 (金)

悲しい現実

今朝バスに乗っていると、ある停留所でストリートチルドレンの様な子供が乗って来て、物乞いを始めました。彼の手には「懇願」とネパール語と英語で書かれた文章のカードが。

するとそれを見つけたバスの乗員がその子の耳を思い切りつまんで罵声を浴びせながらバスから引きずりおろしました。よほど痛かったのかゴミだらけの地面で転がり泣き叫ぶ子供・・・。そこに駆け寄る、仲間と見られるぼろぼろの服を着た少年たち。彼らの手にはビニール袋。(おそらくシンナー)


情けないことに、ここに来て物乞いの子供たちも見慣れてしまいましたが、改めてこういう現状を見せつけられて、なんだかとてもつらくなりました。好きでそんな生活をしている子はひとりもいないし、物乞いをして得たお金はどこへ行くのか私たちにはわからないし、(裏で操っている組織があるのでは)変えようとしても子供たちにはこの現状を変える力もないし、この子たちにこんな生活が一生続くのだろうか。。。とか考えると本当やりきれない。裏に何があろうと、子供は子供。まだお母さんに甘えたい頃だろうに、こうやって物乞いさせられて・・・。本当に悲しくなった。


そして、ネパールには本当に仕事がない。商店もほとんどが個人のものなので、雇用は親族で埋まってしまうし、もし働き口が見つかったとしても給料はほんの少し。生活はなんとかやっていけても、家を建てるだとか子供たちに学びを機会を与えたり、将来のために貯金しよう、となるとやはりもう外へ出て稼いでくるしかない。稼ぎに行くのにもまたお金が必要。そのお金を工面できない人も大勢いる。


その点、日本はなんと恵まれてることか。ほとんどの人が当たり前の様に温かい家で育ち、食べ物にも困らず、当たり前の様に学校へ通い、学び、成人する。そしてたとえ条件が悪くても、選ばなければ求人なんてそこら中にあふれてるし、ほんの少し努力するだけですぐに仕事も手に入る。仕事が手に入ればお金が手に入り、またほんの少し努力をすればほしいものはなんでも手に入ってしまう。それがどんなに恵まれている事か、わかっていない人が多い。だからこんなに恵まれた環境にいるのに甘えて働かない人が私は許せない。少しの努力もしない人が私は理解できない。事情は色々あるだろうが、それでも怠けてだらだら生きている人が私は許せない。


日本には160万人ものニートがいるらしい。この時代、この平和な日本に生まれ落ちたことがこんなにも恵まれている事なのに、それを全部無駄にしないでほしい。世界には毎日の食べ物にも苦労している人、戦争をしている国で危険と隣り合わせで生きている人が何億人といる。それでもみんな苦労して、必死で毎日を生きているのに、こんなにチャンスに恵まれている私たちが何もしないでだらだら生きていいはずがない。


もちろんお金があるから幸せ、ないから不幸せだとは思わない。ネパールにもお金がなくても幸せそうに暮らしている人はたくさんいる。でも幸せ、と思える程の必要最低限の生活水準に満たない人もたくさんいる。工事現場など力仕事にしか就けない人もたくさんいるし、屋根のあるバス停に寝泊まりしている人もいるし、ブルーシートをかぶせただけのテントに住んでいる人も、ゴミをあさってそこから売れそうなものを拾い集めて売って生計を立てている人もいる。こういう人は努力してもなかなか現状を変えるのは難しい。そこに生まれた子供も、生まれながらに苦労して生きていく運命だ。


世界にはたいへんな運命でもそれを受け止めて、前を向いて精一杯生きてる人がたくさんいるのに、贅沢な環境にいて怠けている日本人が私は嫌い。本当に情けない。そんな人が一人でも少なくなるように、みんなが希望をもって活力を持って生きていける社会を作るにはどうしたらいいのか。精一杯生きている人がちゃんとその対価を受けて、ランクアップし、明るい希望を持てる社会を作るにはどうしたらいいのか。そんな答えをいつか、見つけ出したい。


今日はちょっとぐちっぽくなってしまいました。すいません。


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写真は今が見ごろの桃の花。

2014年12月 1日 (月)

だれかの心の様なもや。

今日は久しぶりに落ち着いた夜。

最近のレクナートは朝11時頃まで激しい濃霧。
なんと今日はまだ夜8時半やのに、もう濃霧。こんなことって珍しい。
ライトで照らすとくっきり水蒸気がみえるくらいのもや。

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レクナートのもや。
山は見えんし、洗濯する気にもならんけど、
なんか夢の世界みたいで嫌いじゃない。
どこか現実じゃない違う世界にいるみたいで。

いや、それでも出てる月はひとつ。なはず。



そういえば、数か月前から猛烈に読書にはまっています。
夜帰ってから、朝起きてから、ポカラとカトマンズの移動バスの間、
お湯を沸かす間。もうひたすら読んでます。
人生で今一番読んでる。
先月は結構分厚いのをいれて10冊。

そこで、読書タイムをより楽しいものにするために!
作っちゃいました、ブックカバー♡

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ネパールのダカ織りの生地が手に入ったところだったので ^^
いやーかわいい。笑

あっちなみに本はカトマンズの隊員宿舎に大量にあるのです♪
ポカラの某隊員の家にもあり、それらを借りて読んでます。
いいですね、活字。



さて、我が家のかんちー(末娘の呼び名)ですが、1か月程前から
あたしのことをディヤ(ネパール語でお姉ちゃんがディディ)と呼ぶようになり、
1週間ほど前からジィジィ(ディディにちょっと近づいた!)になりました。
踊りもだいぶ上手になりました。
子供の成長はすごいですね!

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あたしを見つけるとめっちゃにこってしてくれる。
あたしが2階の大家の部屋から自分の部屋(3階)に戻ろうとすると、走って階段へ行き、階段を猛スピードハイハイで駆け上っていく。笑 かわいーーー

我が家のアイドル、かんちーはiPadをも操ります。

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彼女が踊っているとき、みんなで手拍子するんですが、
誰かがちょっとでも手拍子してないと、名指しで注意されます。笑
かわえーー。 平気でみんなを振り回します。



そういえば、このあいだの稲刈りの話。

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お世話になったおうちの隣んちのぼーや。
「カバン持ってどこ行くのー?」
「ぽたらー!」
隣町のポカラまで行くそうです。かわいー^^

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田んぼへ向かう途中のお寺で自転車を持った姉弟発見。
ディディが「あたし自転車乗れないんだよねー。練習しなきゃ!」
とか言い出して練習しだした。笑

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そして田んぼへ到着。

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たくましいディディ。

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あたしもちろっとやりました。

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ディディの5倍くらい時間かかりました。笑

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こうやってべべーっと寝かせていきます。

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なんともない作業をほんの2時間ほどしただけでしたが、
疲れがたまっていたのか、この直後からしっかり3日間高熱で寝込みました。笑


いよいよ木曜日からレクナート大祭典が始まります!
つづきはまた明日。

みなさんいい夢を♪

2014年4月 3日 (木)

原点にかえる旅

3週間前、4年ぶりにあの村を訪ねました。

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私、実はネパールは2回目で、前回は4年前、ちょうどこの時期、大学生時代所属していたIVUSAというNPO学生ボランティア団体のプロジェクト「ネパール山村支援活動」ということで「OKバジ」こと垣見さんと一緒に村に入り、2週間ほどそこで活動させていただきました。

(4年前)
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いっぱい穴掘ったり
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来る日も来る日も石運びしたり
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こっちでごはん食べたり
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あっちで食べてみたり
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夜は毎晩のように踊ったっけ
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協力隊としての活動地に第1希望から第3希望までがっつりネパールを選択したのもこれが理由です。またネパールのあの村に帰りたい、また帰ってくるね、と言った約束を果たしたい、という想いがずっとありました。

 

場所はパルパ郡、リンネラハVDC、アルバシン村。

ポカラから南に山道をバスで約6時間、アレバンジャンからジープでまた山道を東に2時間ほど行ったところにあります。

 

今回は314日に垣見さんの20周年記念式典が行われる予定で、それに合わせて20名の学生と事務局の方、計21名が再びネパールへ。今回、あたしも数日その一行に便乗させていただきました。彼らは別のブトゥケという村でバイオガス培養器の設置支援活動を10日ほど行ってからアルバシンへ。ブトゥケでは毎朝生活水の水汲みから始まり、日中はひたすら穴掘り、、、の過酷な作業だったようです。みんな真っ黒でたくましかったです!ちなみに今回、初の試みでクラウドファンディングにも挑戦されたそうです。こちら。http://emrld.jp/challenge/detail?challenge_id=110

(なにげに自分の写真も使ってもらってますね。)

 

12日。レクナートからタンセンに移動して1泊。

タンセン在住のネパール人の友人に街を案内してもらいました。
ここ行ったことある!という景色にたくさん出会え、それだけで感動。

あの丘。
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4年前建設中やったもの

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こんな立派に!

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明日の村人たちとの再会を想像するだけで涙が出そうでした。

それと同時にみんな覚えてくれているか?村を出て行ってないか?という少しの不安。

 

13日。いよいよアルバシンへ。

運よく垣見さん関係者のジープに乗せてもらえ、アルバシンへ。

もう着くか、もう着くか、と終始どきどき。


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山道をゆくこと2時間。ジープが止まる。

ついにこの瞬間。4年間思い続けた場所。

もう手足がぷるぷるでした。笑



先に到着していたIVUSAの学生たちの歓迎会が始まっており、

ネパールらしい大音量のミュージック。

あれっこんないい設備あったっけ?っとちょっと不安に。

上まであがるときれいな教室が!前はなかった。

 

おろおろしてるとディディ(お姉さん)が声をかけてくれた。

前も来たよね???

来た来たー!

4年前いつも赤ちゃん抱っこしてたディディ。

また抱っこしてるー!笑

妹ちゃんができたらしい^^

 

わやわやしてると、ステージに呼んでいただき学生のみんなと合流。ダンスを見さしてもらいましたが実のところ、それより、観客の中知ってる顔を探すのに夢中でした。

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みんなに忘れられちゃってたらさみしいなぁってことで、前回の時の写真をプリントしてアルバムにして持っていきました。みんなめっちゃ食いついてくれました♪この子は○○だ、これは僕だ、など寄ってたかって見てくれました。ネットラ村長もお元気でした!

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一番会いたかった2人の子供たちは村にいる?って聞くと、嫌な予感があたり。
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人とも村を出ちゃってました(; ;)
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人はSLCをパスし、学びにタンセンへ。1人はインドへ。。。
いいのか、悪いのか、やっぱりこれが現実。

(4年前 真ん中の彼女に会いたかった)
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でも誰が繋いでくれたのか、後日2人から電話が!!(インドからも国際電話!笑)めちゃくちゃめちゃくちゃうれしかった。インドの彼も近々帰ってくるということでどうにか時間を合わせて会いたい。というか会わないと日本へ帰れない。本当にうれしかった。4年たって、2人がどうなっているのか、どんな人生を歩んでいくのか、ネパール語で話せるようになった今、もっと深い話をしたい。タンセンの彼女は頭がよく、英語がぺらぺらやった。将来の夢はって聞くと、お医者さんになることって。着実に実現に向かって歩いてるんかな?いつかの再会が楽しみ。

(4年前 右の彼に会いたかった)
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夕方、休憩していると、村の方に新しく水道ができたから見に行く?と言われ、4年前一緒に来た事務局の方と山をてくてく。

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途中からなんか見覚えのある道になり、事務局の方とあれ、もしかして、、、って。予感は的中。毎日水汲みに来た水場でした。笑 

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この大きな木!直前のがけ!なつかしい!!まさかの展開でしたがまた来れてよかった!水瓶を持ってこなかったのがなんか悪い気がしました。笑

(4年前 こんな感じで担いでたなー)

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今、このすぐ近くの集落にはポンプとパイプが通り、ここから各家まで水道が来ているそうです。

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ただ、あの村までは集落が違うので、パイプ通すには色々問題があるとのこと。まだ難しいみたいですね。。何ができるかな。

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夜はやっぱり踊りの歓迎。

学生たちも頑張ってくれてました。

ネパール人はやっぱり一緒になって踊ってくれると嬉しいみたいですね。

あたしもディディのお誘いを受け、いっぱい踊らしてもらいました♪

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学生はこの小屋にみんなでごろ寝でしたが私はディディが泊まりにおいでっていってくれたので寝るだけですが、ホームステイさしてもらいました。(抜け駆けしてごめんね)

村からちょっと歩いたところにあり、やっぱり土壁の伝統的な温かいおうち。旦那様は海外に出稼ぎに行かれてるそう。なんと旦那さんに電話してくれました!笑 うちに泊まってくれてるなんてほんとうれしいよー!などなど電話越しに歓迎されました。

電気のない真っ暗な中、色んな話をして、寝ました。たくさんあるツラ(ブレスレットみたいなの)の中から、これがいいよー!似合ってる!なんて話をしたり、日本の話をしたり。こういうのが、いい。

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変わってたこと。

でっかい教室!!

村出身の4人の若者がアーミーに入り、イギリスに行き、そこで稼いだお金で3つのきれいな校舎を増築したそうです!すごい。青空教室の様だったところはもうなくなってた。個人的にはこの青空教室も好きやったけど、子供たちにとってはいい環境ができてよかった。と思う。


(4年前 半分青空教室)

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水道が!

でもこれは食器洗いやトイレ用。飲むには適さないので、水汲みは今でも毎日行っておりそれがこの村の一番の問題だそう。

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身長!

子供たちびっくりする位おっきくなってた!!4年ってでかいなって改めて感じた。

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左のディディにだっこされてた子はこんなに大きく。
(右の子)

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上の上の写真の右の女の子はよく一緒に遊んでたのに、思春期?なのか全然寄って来てくれず、ただ、いました。聞くと、ちゃんと覚えてる、って恥ずかしそうに答えてくれました^^

(4年前)真ん中の子
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生まれて数週間やった赤ちゃんが、あたしらにロティを作ってくれました。。。

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これあたし♪
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この子はすぐわかった!(右の彼)
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変わってなかったこと。

やっぱここは崖のまんまやった。笑(4年前)
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みんなの笑顔!

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みんな覚えててくれてた!!あの子は元気?あの子は?とみんな名前で覚えててくれてて感動。赤ちゃん抱っこしてたディディはありがとう、さよなら、そしていっこ、にこ、さんこ、よんこ、、、ってじゅうまで覚えてくれてた!うれしい!IVUSAOKバジさん以外日本人は来ないし外国人すら村に来ないって言ってたし、やっぱりインパクトあったんかな?そんで当然彼のことも聞かれ、かわいそうに、かわいそうに、って一緒に泣いてくれた、、、

 

4次隊のみんな、村の人たちはみんな覚えててくれてました。ちゃんと名前も。結婚したのはまだ一人だけなん?って言われちゃったけど。笑 みんなでマガル語しゃべって本当楽しい日々やったって。みんな忘れちゃってるんやろうなーって言ってたから、みんな本当に来たがってる、夢にまで見てる子もいるって伝えておきました。

【バジさんの式典】

OKバジさんの式典はアルバシンから二時間ほどジープで行った、ランプールという街のそこからまた30分ほどジープでいったところで行われました。広いスペースにゲートや大きなステージが作られていました。バジさんの関係した280もの村々から数千人が来られていました。それだけでバジさんが今までどれだけの方にかかわり、支援をされてきたのかがわかりました。式典の最後にはバジさんへ感謝の言葉を述べる方々の列ができ、1時間半ほど?ずーっとその列は絶えませんでした。ただ無駄にお金をあちこちにばらまくのでなく、何時間、時には何日も歩いて実際に村々に足を運び、何が本当に必要とされているのかを見極め、心の通った地道な支援を続けてこられたバジさん、本当に尊敬します。こんな簡単な言葉では言い表せられないので、バジさんについてはこちらの本を読んでいただきたいと思います。
「OKバジ―村人に魅せられ、ネパールの山奥に住みついたひとりの日本人」

ものすごく苦労をされてきたのでしょうが、自分もこのような活動ができたらどんんなにいいことか、と思わされました。でも配属先から今の自分に求められていることは全然違うのでなんだかもやもやしていますが。。。今はこの環境でできることをやっていくしかないようです。

写真もたくさん撮ったのですが手元にデータがないのでまた後日UPしたいと思います。

 今回はアルバシンには1泊だけやったけど、これて本当によかったです。
良くも悪くもたくさんのことを考えさせられました。今の活動のこと、私たちがした活動のこと、ネパールの人たちの暮らしのこと、バジさんの支援のこと、そしてこれからのこと。あたしは何をすべきなのか。。。こことどう関わっていけるのか。本当有意義な旅になりました。4年前は全然深い話も何もできなかったけど、今回来て見てなんかやっぱり違う。話が出来るってやっぱり違う。今度はもう少しゆっくり来て、話をしてみたい。

 ネパールに来て明日で9ヶ月になります。後残り15ヶ月。村の人から、もう残り少なくなってきたね。考えるだけで寂しいよ、といわれるようになりました。(気が早い!笑)それでも時は確実に過ぎてゆきます。ネパールでは活動期間の延長は許されていないのでどうあがいても残り15ヶ月。悔いのないようにまだまだ全力でやっていこうと思います。そしてそろそろこれからの人生のことも考えていきます。

2013年9月21日 (土)

やさしさと現実と闇

今日はポカラでやっていた、モモ(小籠包みたいなの)祭りに行ってきた。
そこで見たものと、考えたことを書こうと思います。

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あたしたちがモモを食べていると、幼い少年がやってきて
「モモちょうだい。」と言った。多分ストリートチルドレン。
あたしたちは、今あげても今後の少年のためにならないと思ってあげなかった。
すると彼は次のテーブルに行き、そこでも同じことをしていた。

だめだよ。と一度は断るネパール人。
でも再度言われると、普通にあげていた。
別のテーブルでは、モモはあげなかったが、小銭をあげていた。
また別の人は自分のカバンからビスケットをだし、あげていた。
今日見た人たちはびっくりする位、みんなやさしかった。

ネパールの街では、よく、片腕ないとか体に障害を持った人が
座り込んだり、バスに乗ってきたりして物乞いしている姿をよくみかける。
無視する人も多いが、何人かの人たちはそれに応えて小銭を差し出す。

多分、ネパール人は本当に慈悲深く、やさしい人たちなんやろうと思う。
語学の先生は、「ネパールでは周りの人に優しく、尽くしてあげることで
自分の来世がよくなると信じている、だからお客さんに尽くすんだよ」
と言っていた。(सायामीजी, होईन ?)
だからこうやって子供たちに与えてあげるのかなって。
やさしさとかじゃなくて、義務みたいにっていうと重過ぎるけど、
あげなきゃって感じるんかな?

それが悪いことやとは思わんし、否定する気もない。

でも物乞いすれば簡単に手に入ってしまう、この現状に
子供たちは甘えてしまわんのかな?
働かなくなっちゃわんのかな?
あたしはそう思って何もあげなかった。
別にそんな高いもんでもないし、あげてもよかったけど、
子供たちために、と思ってあげなかった。
優しさが甘やかすことになると思った。

でも、同じ地球に生きている、恵まれない境遇に生まれただけの、
同じ人間として少しでも何かあげるべきやったんかな?

答えなんてないと思うけど、色んな人に意見を聞いて
自分なりにしっかり考えたいと思った。

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今日の祭りでは、イベントの一つとして、フェイスペイントをしていた。
結構子供も大人も群がっていた。
絵具を使って顔に好きなデザインのペイントをしてあげるもの。

数人のペイントを終え、アーティストが使い終わった絵具を捨てた。
すかさずある子供が来て拾っていった。
彼は力を振り絞り、歯で噛んでまでして一生懸命ビニールに絞り出していた。
自分で顔にペイントしてみるのかなーなんて思って見てた。

そしたら。
突然袋を口に当て、すーはー。
目的はシンナーでした。
ネパール来て初めて見たので衝撃でした。
めっちゃ悲しくなった。
でもこれが現実。

先輩に聞くと、街のすぐ近くには貧しい人たちの住むところがあり
その周辺ではよくそう言った行為を見かけるとのこと。
そういえばこの前、タメル(ネパール一の繁華街的なところ)で夜、
タバコ吸ってちょっと変な感じの子供がおったな・・・。

なんか本当悲しくなる。
この現状、どうにかできんかな。
たまたま先進国に生まれ、何不自由なく生活できている
あたしらがすべきこと、なんやろう。

いいところがいっぱいあるネパール。
でもまだまだ知らない闇の部分もいっぱいあるんやろな。
しっかり見て、考えていきたいと思います。


ちょっと暗くなってしまったので、おまけ!
ネパールの出張遊園地。
観覧車は竹で固定し、手で回します!
怖くて目が離せません。笑

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