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カウントダウン

ネパールでの活動

2015年12月16日 (水)

活動のしめくくり。いよいよ本日帰国...

ナマステ!
14日には、JICAオフィスと女性子ども社会福祉省にて最終報告会が行われました。
3カ月しかいなかったのにたくさんの人に聞きに来ていただき、ありがとうございました。

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女性子ども社会福祉省にて。
大きなきれいなホールに案内され、初めは3人だったのに
最後にはなんと10人ものネパール人職員が聞きに来てくれてうれしかったです。

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そしてなんとこんな大きな花束とショールをいただいてしまいました。
びっくり。

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同期のスダールサンさんと。
今日はサリーの着納めです。

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報告書や引き継ぎ書などぜんぶ提出し終えてすっきりしたら
出発前夜の昨日はJICAボランティアのみなさんが送別会を開いてくださいました。

みんなほとんど活動では関わりもなかったのに、
たくさんの人に来ていただき本当に感謝です。楽しいラストナイトになりました。

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あぁぁ。
もう6時間したらネパールを飛び立ってしまいます。
寂しいなぁ。今度は本当にいつ来れるんやろ。
とりあえず日本まで気を付けて帰ります。

2015年12月13日 (日)

オフィス最後の日にみんなで

もう任期も残りわずかとなり、
金曜日はオフィス最後の日でした。

事務所長の部屋にみんな集まり、送別会をしてくれました。
所長さんに赤いステキなショールをかけてもらい、赤いティカをおでこにつけてもらいました。

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オフィスの前で。
みんなで集合写真♪

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本当に女性ばかりでパワフルな事務所でした。

2度目のネパールでの協力隊でしたが、環境が全く違って新たな発見もたくさんあり、ネパールの新しい面を知れた、とても有意義な3カ月でした。

来年の3月終わりにはここに後任の隊員さんが入り、2年防災関係の活動をしてくれます。
どんなふうに関わってくれるのか、楽しみなところです。

ちなみに巡り合わせがよかったのか、その方と帰国したその日にお会いできることになりました。とても楽しみです!

ありがとうございました。

2015年12月 9日 (水)

トレーニングの仕上げ、農園見学;実際に見てみよう!

配属先で行っている野菜栽培の技術向上トレーニングの仕上げとして
農園見学も行いました。大事なことです。
学ぶだけでなく、実際に見てみよう!ということでお隣の村、Indreyaniへ。

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まだたくさんのテントが・・・。

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集合場所はこの木の下。
なんと2グループ同時開催で40人が集合。
右端の方が技術指導をする農業開発事務所から来た先生です。

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あたしは運悪く(?)ハトにうん○をふっかけられてしまいました・・・。
しかもあれからよくかけられるようになってしまい、
最近は頭上に最新の注意を払って歩いています(+_+)

揃ったところでぞろぞろと農園へ。

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この辺りは本当にたくさん桜が咲いていて、驚きです。
ポカラの方ではあんまり見なかった。

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あちこちで見られる、地震のつめあと。

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ヒエの収穫ドキ。

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ニンニクを植えていました。
研修終えたてのみんなから、あーした方がいい、こうした方がいいと
とやかく言われていました。笑

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ちょっと見えにくいですが梨!鈴なりになってます!

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そんなこんなで農園に到着。
みんなで園主さんのお話を聞きます。

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栽培を始めた経緯や今までの苦労、今されている工夫や注意点など色々なことを教えていただきました。受講者の皆さんからのたくさんの質問にも答えていただき、活発な議論がされました。

この辺りは本当にハウスが多く、こちらの方もトマトをハウス栽培されていました。
ハウスと言っても、メインの支柱は竹です。

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みんなで記念撮影

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園主の奥さんからみーんなに、柿をいただきました。
しかしこれが渋くて渋くて、、、口がおかしくなりました。辛かった・・・。

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さくら♡

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農園見学も無事終了し、みんなのお楽しみ、カジャタイム♪
このお寺跡地で。右にお寺が建っていましたが、地震で壊れてしまいました。

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それでもこうやってみなさんあがめています。
とっっっても景色のいいところ。

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何人かが作ってきてくれたカジャを40人で少しづつ分けて
みんなで輪になっていただきます(^^)

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ピクニーック♪

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めちゃおいしかったです!

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その後は恒例のダンス♪

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そしてこんな道をみんなでわいわい帰りました♪

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藁を運んでいました。。。

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ばいばーい♪

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2015年12月 6日 (日)

キルティプール市の被災状況

キルティプールは一見すると立派な新しい建物も多く、ほとんど被害はなかったように見えます。

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しかしこれはほんの一部。
ここも古いネワール族の街で、こんな家の間を歩いていると、ある地点から突然あちこち建物が崩壊しているエリアになります。市内では33名が亡くなりました。

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3週間前がネワール族の新年で、その時にお祝いでつけた旗がたくさん残っていて、まだ街はお祭りムードでした。

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ここ。雨期は上流からの雨が全部流れてきて池になるところだそうです。
こうやって高床式の仮設住居を作っていました。

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あらゆるところに門があり、特に坂の始まりに立っていることが多かったです。
その昔、戦争の時はこの門で食い止めたりしたそうです。

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壊れた家と残った家。

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ここは割と新しく、丈夫そうだった家も壊れてしまったとか。
たくさんの家が立ち並んでいたんでしょう。

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山間部なので土地が少なかったせいか、階層の多い家が多かったみたいで、どこのがれきの山も本当に大きく、驚きました。

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学校の校庭の一部に仮設住宅がたくさん建っていました。
左奥の横長の大きな建物が震災前、校舎建て替え時に作った仮校舎。

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仮校舎。避難所にぴったりです。(今は使用されていない)

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仮設住宅。
結構隙間なくトタンが詰められていて、プライバシーや荷物がしっかり守られていました。

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政府から配られると言っている20万ルピーはまだどこにも届いていません。
いつになったら安心した暮らしができるのか。

まずは早期の国境正常化。
本当にいつになったらガス・ガソリンの心配のない生活に戻れるのか。
まだまだ目途は立っていません。

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2015年11月29日 (日)

日本からお客様が!サクーを視察、地元の皆さんと交流

先日、日本からお客様が!

教育機関の方が研修でネパールにいらっしゃいました。

そしてサクーにも来ていただけることになったので、
地震の被害はどれほどだったのか、今はどのような暮らしをしているのか、
などなど見ていただき、意見交換会も行いました。

この日はちょうど赤十字が震災被害者のために
7000ルピーのお金を各家庭に手渡していました。

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まだまだこんな様子です。
みなさんびっくりされていました。

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なんと、今回通訳で来られていたネパール人の方は、震災3日後に日本の救助隊の通訳としてこの現場に入っていたのだそう。逆に当時のことを色々教えてもらいました。

ここは古い木で作った家が多く、崩壊後はその木から出てきた虫のせいで、救助に入った人たちはみんな刺されてずっとかゆかった。本当に大変だった。

今でこそ一応通り道ができていますが、本当に道がなくどこもがれきだらけで歩くのが大変だった。

海外からの救援隊に負けず、ネパールの警察・軍隊は本当に頑張っていたそうで、海外の救援隊は休んでいる時も、ひたすら、時には夜を徹してずっと救援活動を続けていた。発生直後はマスクも、手袋も、食べ物も水も(ペットボトルのキャップ1杯ずつみんなで分けて飲む位)何もなかったが、それでも休まずひたすら誰よりも働いていた。海外からのネパール軍隊・警察への評価が格段にあがった。

当時本当にみんな素晴らしい活動をされたということはあちこちで聞いています。
中には地元が被災し、家族がどうなったかもわからない人も当然たくさんいましたが、それでも目の前の人を助けることに専念して活動したのは本当にすごいことだと思います。改めて敬意を表したいと思います。

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こちらの女性は井戸から水を汲んでいました。
サクーではあちこちで未だに井戸が活躍しています。
女性の軽やかな水汲みに驚きでした。

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トタンのおうち。
小さなおばあさんが一人で住んでいました。

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ラプシーという小さな実をほぐしてぐちゃぐちゃにして乾かしているもの・・・。
100個以上は入っているでしょう。

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ちょうどこの日も行われていた野菜栽培のトレーニングにもちょこっとお邪魔しました。

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そしてメインの意見交換会。
たくさんの地元の方が集まってくれました。

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とても印象的だったのは、「ネパール人女性の強さや明るさはいったいどこからくるのか?」という質問に対しての答え。

「地震に遭っても、家族が無事だったから今は笑っていられる。家は壊れ、ガスもなくて大変だけど辛さは忘れて暮らしている。」

「Sさん(配属先のサクー担当スタッフ)のおかげで外に出られるようになった。それまでは家と畑の往復だけだった。トレーニングを受けたり、グループの集まりをしたりして、みんなの前でも話せるようになったし、自分で収入を確保して生きれることが分かり、それがとても自信になった。そうでなければこうやって家を空けてこの場に出てくることもできなかった。」

今は少しづつ変わりつつもありますが、ネパール人女性は本当に村に行けば行くほど虐げられていて、結婚したら家にいるのが当たり前。お金は旦那が稼いでくるので食品を買うにも子供たちの文房具を買うにも、まず旦那にお金を請わなければいけない。という状態です。そこで配属先は女性の社会的地位の向上、を目的にグループを作り、トレーニングを行っているのですが、まさにその目的通りの発言が出てきて、Sさんはとてもうれしそうでした。

本当にいい仕事ですね。
私は2年間商工会に配属されていたのでこんな世界は知りませんでした。
たった3カ月の任期ですが、配属先も接する人たちも活動内容も全く新しいものばかりで、とてもいい経験をさせてもらっています。改めて感謝です。


最後は場所を移して私の配属先で活動のプレゼンテーション。

同期のスダールサンさん。

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通訳さんに同時通訳してもらったので、事務所長をはじめ、
たくさんのオフィススタッフが聞きに来てくれました。

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そしてオフィスと研修者の皆さんの間で活発な意見交換が行われました。
私には日本語で言われても難しいくらいの内容にまでヒートアップしました。
勤務時間を1時間過ぎてもみんな帰らずに残ってしっかり聞いてくれてたのには驚きでした。(普段は終了時間の15分くらい前からみんな帰りだして、勤務時間終了後すぐにカギがかかっちゃう勢い)私の活動もたくさんのスタッフに伝えることができて、本当にいい機会となりました。

わざわざ日本からいらしたみなさん、本当にありがとうございました。

今回見たこと、聞いたことをぜひ日本の子供たちにしっかりと伝えていただき、多様な考えができる子供たちを育ててほしいものです。

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2015年11月23日 (月)

心理社会的ケアについて

続きまして、心理社会的ケアの話。

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「震災復興支援」のボランティアとして派遣された私たちは、着任前に心理社会的ケアについて事前研修を受けていました。
宮城にある、特定非営利法人「地球のステージ」さんにご教授いただきました。

この心理社会的ケアでは「表現すること」をとても大事にしています。
トラウマやPTSDにならないために、過去の悲しみに向き合って自分の気持ちをしっかり表現し、受け止めて前に進めるように心の整理をすること。表現する場を作り、うまくファシリテートして言葉を引き出し、心を整理するお手伝いをするのが重要とされています。

数日通って参加者ともある程度打ち解けたところで、私は楽曲作りをやってみました。
(本当はもっと色々な段階を経て徐々に難度をあげていかなければいけないところですが)
ネパール人はお祭りの時によく即興で歌を作って踊ったりするので元来そういうことが得意だろうと、この楽曲作りを選びました。

「心理社会」という言葉もネパール語にあり、震災後はネパール人ソーシャルワーカーの間でもこれが重要だ、と認識されトレーニングも行われてきているそうです。

ちょっと話はそれますが、ある日は学生のネパール人ボランティアにこの部分の説明をお願いしました。彼女は役割を得てすごくうれしかったようで、前日に渡した資料を読み込んで自分なりに紙も用意して説明してくれました。

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こういう機会は初めてだったがやってみてとても自信がついた。
いい経験ができたと本当にうれしそうでした。

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このトレーニングでもそうですが、役割を与えられることで存在意義ができ、経験を経て自信にもつながるんだなー、と実感しました。

そしてまたある日は短期ボランティア同期の”スダールサンさん”にも特別ゲストでお話をしていただきました!ありがとうございました。

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そしてトラウマとかPTSDの説明。そうならないように今日は
楽曲作りで自分の感情をみんなで表現してみましょう!

ということでキーワードの書き出し。
グループを作り色んな項目に応えてもらってそこから歌詞をつむぎだそう、というものです。

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そしてそれぞれどんなことを書いたのかな?共有。

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「あの日を思い出して一番つらかったことは?」

近所の方が亡くなったこと。朝会った人が昼にはもういなくなってしまったこと。そして、自分が生き残って若い人がたくさん亡くなったこと。これからの夢もたくさんあっただろうに・・・。

「あの日のことで一番覚えていることは?」

地震が起きた時の音、粉塵が舞い上がって人も建物も何も見えなくなった状況。

「一番伝えたいことは?」

自分の安全は自分で確保しないといけないということ。

「一番願っていることは?」

ネパール人みんな安全でいられますように。

二度とこんなことが起きませんように。



などなどいろんな意見をくれました。


そしてみんなで歌詞作成。

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できた歌詞と共に。

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サンカラプール女性開発委員会

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ビムセン女性開発委員会

踊りだす人も・・・。

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タレジュー女性開発委員会

楽曲作りはこれまで4か所で行いました。そのうちの一つ、
タレジューで作ったのを和訳するとこんな感じです。


地震のうた

地震が来た、どこへ行こう、どこに住もう、みじめになった、この人生

もう2度とこんなみじめなことになりませんように、この人生

住むところ、食べるもの、どうなるかわからない、この人生

もう2度とこんなみじめなことになりませんように、この人生

もう私たちは安全でいれる、幸せになれる、この人生

自然の驚異は神様でもどうしようもできない

起こるんだねこんなことが、80年に一度は

前進する私たちの足跡、もう止まらない、安全な家と丈夫な心を作ろう

もう2度と地震なんて来ないで、でも来ても私たちにはもう準備ができている×2


とてもいい歌を作ってくれました。
ここのグループはキーワードの書き出しから、何人かは泣きながら取り組んでくれました。
あの日のことを思い出したのでしょう・・・。
歌う時もたくさんの人が泣いてしまいました。
ちょっと刺激が強すぎたかな、と思いましたが
一緒に行ったオフィスのスタッフからは「とてもよかった。泣くことでつらかったことも一緒に流れていく、泣くことは悪いことじゃない。ぜひ他のグループでもやってほしい。」と言ってもらえました。

宮城の先生からもとてもよかったと言ってもらえてちょっと安心しました。

後日参加者に聞いてみると、みんなで一緒に話をして、歌を作って、歌って、とても気が楽になった、いいワークショップだった、少し前向きになれた、と言ってもらえました。

任期はあっという間に残すところ約3週間となってしまいました。
最後までできる限りフィールドに出かけ、色々なことを伝え、得てきたいと思います。

 

 

2015年11月19日 (木)

防災・減災教育活動その2

続きです。今日はちゃんと続きを書きます。笑
その1がまだの方はその1からどうぞ。

話をしている様子。
いろんな会場があります。

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家の安全確認チェックリストも作ってみました。
ちゃんと家の中が安全かどうか確認してきてねー、と宿題です。

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基本的なことばかりでしたが、やってみてこういうところに気を付けなければいけないのか、と分かったのでよかった、という声をたくさんいただきました。

あとは非常用持ち出し袋の話なんかもしています。
ホイッスルも常に身に付けておくといいよ、というと、
確かに!この前はみんな叫んでみたいだけど全然聞こえなかった。ケータイもつながらなくて、中に閉じ込められても無事だった人もたくさんいたけどそれが伝えられなくて大変だった、と話してくれました。
ここに居る、私は無事だ、と中からSMSをしたものの、それが届いたのは数日後で結局その娘は助からなかった、なんて悲しい話も聞きました。

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受講者は大半が家をなくし、トタンの仮設に住んでる人でした。
  チェックリストには、「柱は痛んだり曲がったりしてないか、窓にはラミネーションがしてあるか」、などの項目もあったんですが、「もう全部壊れてなくなっちゃったよー!ははは!」なんて笑って言ってくれました。そのあたりの項目は抜こうか迷いましたが、今後新しい家を作る時の参考にもしてほしくて、あえてそのままにしました。
  とてもつらいことでも、そうやって笑って言ってくれました。みんなご近所さんや身近な人を亡くしていますが、ちゃんと前を向いて、悲しみを乗り越えて頑張っているんだな、と感じました。ネパール人は強いです。

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  ある委員会のリーダーの息子(同じ年くらい)も、地震直後はあちこちの人を救助したと教えてくれました。亡くなった人をがれきの中から出してあげるのもすごく大変で、最後の人は8日後にやっと出せたのだとか。臭いがひどくて大変だったとか。。。

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みんな、頑張っています。

さて、ネパール人のトレーニングにカジャ(軽食)はつきもの。
会場にもよりますが、だいたいがみんなで分担して作ってきたものでした。

この40人グループのお皿はなんと新聞紙。斬新!笑
もちろん、おててでいただきます。

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他のところはこんなんだったり。

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紅茶とビスケットだけ、というところもあります。

ある会場の最後の日。
みんな委員会でそろえて作ったお揃いの衣装を着ていました。

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ビムセン女性開発委員会

そう言えばこの日の行きのバスではラジオの中継をやってました。ぎゅうぎゅうの車内で。笑 このガソリン不足からのバス不足で生活はどう変わったかとか、そんなインタビューを色んな人に。

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最近はケータイでも通信できちゃうんですね。
ケータイをマイク代わりに使って放送してました。

これはやばいと思ってドキドキしてると、案の定つかまりました。笑
しかも最初はネパール人と思って話しかけられ、ネパール語完璧じゃないからやだ!と言っても外国人がネパール語話すなんてもっとおもしろいからお願い!とか言われ、みんなより長くいろんなことをインタビューされました。。。まぁリスナーのみなさんも、外国人と思ってこのつたないネパール語を笑って聞いてくれたでしょう。

次回は心理社会的ケアについてのお話。

防災・減災教育活動その1

最近、また感じるほどの地震が起きています。
特に被害はありませんが、また大きいのが来るのでは?とみんなそわそわしています。

さて、今している活動は大きく2つ。
防災・減災教育と心理社会的ケア。

ちょうどうちのオフィスで被災者向けにトレーニングを行っています。
野菜栽培と家畜のいずれか、3日~7日を各地域の女性開発委員会から20名ずつ。
サクーにも5つの委員会があり、今回は3つの委員会に向けて、そしてその周辺地域でも集中的にトレーニングが行われました。
少しづつかぶせて行われたので、結局10日程サクーへ通いました。

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技術向上トレーニング5日間
(野菜栽培)

これは女性開発の講義も含まれます。
ネパールはまだまだ識字率が低く、文字が書けない人もたくさん参加されていました。毎日出席のサインもするのですが、自分の名前だけでも書けるように、という練習も兼ねています。

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トレーニング中は書記、リーダー、先生にお礼を言う係り、1日の感想を言う係りなど毎日色々な役割を分担して行われます。それも人前で話せるように、自分に自信を持てるように、という練習です。

また、何を習いたいか、とトレーニング初日にはしっかりみんなで書き出して、目的を明らかにしていました。このトレーニング、結構しっかり構成されています。

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技術指導の先生のお話。

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ちなみに、各委員会ではどこも毎月決まった日に集まり、100ルピーとか少額づつ貯金し、誰か借りたい人がいればそこから低利子で借りれるというマイクロクレジットを行っています。ある程度まとまったお金を借りて開業のための物資を揃えたり、お店のための物資を購入したりと女性の社会進出に役立てよう、というものです。

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私はこの3日~7日間のトレーニングの中で少しづつ時間をもらって、地震に関する話をしてきました。

まずは地震発生の仕組み。
プレートの話です。
日本では常識ですが、知ってる人はほとんどいませんでした。

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ネパールの下には2つのプレートが重なり合ってますが、日本の下には4つもプレートがあって、だからこんなに地震がしょっちゅうおきてるんですよー、というと、みんなとても納得の様子。(日本は地震大国、というのはネパールでも有名)

阪神淡路大震災の再現CGも見せてみると、ネパールよりひどいじゃないか、とみんなびっくりしてました。(怖くて見れない人もいるかな?と思いましたがみんな全然怖くないから見せて!と言ってくれました。)

また、家具の配置も重要です。
きちんと金具で留めて設置することとか、何をどこにおくか?という話を分かりやすくまとめたムービーもあったので、それも見てもらいました。

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ここはまさかの2委員会分の40人グループ・・・。
小さなパソコンと小さなタブレットでなんとか頑張りました。

ネットの調子がよくないので一旦切ります。
次に続く・・・。

2015年11月 8日 (日)

甚大な被害を受けたまち、サクー

いまだに半鎖国的な状況は続いており、ガス・ガソリン不足は深刻です。
先日やっと中国から支援されたガソリンが少し届いたようで、ここ数日ガソリンスタンドにはこれまで以上にたくさんの人が詰めかけ、道路は大渋滞。それでも一人数リットルしか手に入らず、全員にも行き渡りません・・・。これ、どう思いますか?

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語弊を恐れずにいうと、震災では一部の人だけが被害を受けましたが、今回は国民全員が本当に大変な思いをしています。

ガス不足から、こんな町中の店も外にかまどを作って薪で調理しています。
炊飯器・電気コンロを使う家庭も増えてきています。
みんなお湯も電気ポットで沸かしたりと工夫していますが、停電の時はもちろん役に立ちません。(今も毎日数時間計画停電しています)

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バスに乗っていて、ふと上を見上げると、そこには人の足。
屋根に人の載っていないバスの方が珍しくなりました。

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この状況はまだまだ良くなる見通しは立っていません。
いつまでこんな状態が続くのか、不安な日々を過ごしています。


さて、ここ10日ほど、サクーというまちへ通っています。
市内からバスで1時間半~2時間のところにあるネワール民族の住む街です。
ここは甚大な被害を受けたまちで、私が見てきた中でも一番ひどいところです。

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まちの四方にはこの様な門があり、この中に住む人はほぼ全員がネワール人と言われています。この4つの門は、結婚するときにお嫁さんが入ってくる門、亡くなった方が運び出される門、などそれぞれ違った役割を持っています。

街の様子。

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第一印象はすっからかん、です。
だいぶきれいに片づけられていますが、ほとんどが崩れ去って街はすかすかです。

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他の地域はほんの一部だけ、何軒かに一軒、とかだったりするのですが、
ここはもうほんとにほとんど崩れてしまっています。

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たくさんの人が亡くなられました。

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トタンの家ではなく、テントに住む人もたくさんいます。
ある日出会った、コスメグッズを売るお店の女の子もテント暮らしでした。
「今朝の大雨でテントの中の荷物が全部濡れちゃった。お店の家賃も払わないといけないけど、地震以来さっぱり売れていない。どうすればいいのか・・・。」
と話していました。想像できますか?その暮らしが。

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道を歩いていて、がれきの山の多さに驚きます。

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たくさんの家が立ち並んでいたのでしょう・・・。

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屋根がずるっとずり落ちています。

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稲刈りを終えた家では稲が天日干しされていました。
つっかえ棒で支えた家の下で。

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村のあちこちでこんな様子が見られます。

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脱穀したてのものからゴミを取り除いている様子。

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さて、こんな被害の大きかったサクーで、わたしが何をしてきたか?
次回に続きます。

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まちのはずれではあちこちに桜が咲いていました。

2015年10月 8日 (木)

Budhanilkantha

昨日、オフィスへ向かってたら、急になんかすごい音が近づいてきました。

何かと思って見ると、なんと車道を馬が9頭、颯爽と駆け抜けてゆきました。

さすがにこんなことは初体験でした。笑

装飾も何もしていない馬たちで、一体何だったのか、とても気になります・・・。


今回はBudhanilkanthaに行った時のことを。

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干されるとうもろこし。
ポップコーンにして、主に冬の軽食になります。

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ネパール人の食卓に欠かせないとうがらし。

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グアバ(^^)/
庭に鈴なりに成ってるのをもいでくれました。
甘くておいしいけど、種がめっちゃ硬くて歯が弱い人は大変なフルーツ。

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何してるか分かりますか?
道路に線を引いて石ころを投げて遊んでいました。
かわいい子供たち。

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こちらも子供たちの遊び。
ダサインといえば!これです。
凧揚げ。日本のお正月みたいに、(今はだいぶ少なくなったかな?)
本当にあちこちで凧揚げをしているのが見られます!

そしてこれ。何かわかりますか?

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12年前にコミュニティのみんなで作った、共同水汲み場です。
とてもきれいな水なので、飲料用に地域一帯の人が使用しています。

蛇口に水が来ている家もありますが、それは飲める水ではないので、ここまで数日に一回、水を汲みに来てそれをまたフィルターにかけてろ過して飲料しています。

魚は水をきれいにするので、中に魚も飼っているそうです。
ちゃんと底が透けて見える・・・!

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泊めてもらった方の家庭菜園。
以前トレーニングを受けた通り、ちゃんとハウスを作って栽培していました!
わお。

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これがネパールの家庭ダルバートです。
ごはんとサーグ(菜っ葉の炒め物)と、ダル(豆のスープ)とグンドゥルック(発酵乾燥野菜)と大豆のアチャール(漬けてないけど、お漬物的なもの)

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何度も追加され、おいしくいただきました!

ちなみに豆スープの豆はこれです。
これを圧力鍋でぐちゃぐちゃにしてスープを作ります。

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落花生も出始めました。

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さて、本題。

ここにも被災者はやっぱりいます。
ここ。

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実は、ここには震災前、土づくりの家が15軒ほどあったそうです。左の上の方の小さな丘に人がいるのが分かりますかね?

それがこんな姿に・・・。右手の下の方は崖の様になっていて、もうここには到底住めません。これは政府の土地でした。ここに住んでいた人たちはよそから来た、自分の土地を持っていない人たち。つまり今住めるところはなく、他の人の土地にトタンで作った部屋に住んでいます。だからもし出てゆけと言われればそこも出て行かなければなりません。

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ちゃんと働いてもいますが、働ける場所は建設現場などの力仕事。
お給料も安く、がんばって働いても子供を学校に通わせられる人は多くないそうです。

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どうしたら、こんな状況がよくなるのでしょうか・・・。
今回の様なトレーニングは自分の土地がないから受けれないし。
野菜栽培もヤギを飼うにも場所がいりますよね。

本当に何かしなきゃいけない人たちに有益になることってなんやろう。
ただ何かをあげるだけじゃあかん。自身に身に付けさせて、自ら商品を生み出して自らお金を作り出していけるような仕事。
そしてあたしたちは何をすべきか?
大きな課題が見えてきました。





さて、もうすぐダサインのお祭りです。
13日から始まる2週間にわたるお祭り。
日本で言うお盆みたいに実家へ帰省し一族が集まってお祝いします。

カレンダーではぽつ、ぽつと6日間が祝日。休みもその通りかと思っていたら、
うちのオフィスでは13日から24日までお休みだそうです。びっくり。
一部では13日から始まり、11月6日まで休むところもあるとか・・・。恐るべし。

ということで5日間は前の任地、レクナートへ帰ろうと思います♪
ネパール人の様に、里帰り。笑

あとは、この短い任期で遊びほうけてもいられないので
フィールドにも行ければ行ってみようと思います。

より以前の記事一覧


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